高まる美容鍼灸のニーズとエビデンスの構築
1.美容鍼灸のニーズの高さと現状
男女を問わず美や健康に対する追求は、いつの時代も永遠のテーマであるといえる。日本の鍼灸治療において、美容鍼灸の考え方が導入されたのは数十年前のことであり、まだまだ歴史的にも浅く、長い中国医学の道のりからしても比較的新しい分野であるといえる。また、時代の流れとともに人々が自然の美しさや内面からの美しさを意識するようになり、当に内面からの美しさを追求する美容鍼灸が世の中に注目され、世の中に浸透しつつあるものと考えられる。
最近では、俳優や有名芸能人が施術を受ける様子がネットに掲載されたり、雑誌での特集記事が組まれたり、テレビによる放映、しいてはSNSなどで美容鍼灸の紹介を目にする。それらの影響もあって、顔のメンテナンス、そして身体のメンテナンスに美容鍼灸のニーズが増えており、東京や大阪などに多くの美容鍼灸の専門店が開院している。
ところで、海外における美容鍼灸の実情はというと、日本と比較しても多くの人々が興味を持っていることが伺える。そもそも、海外ではおよそ20年前から、美容鍼灸がブームになり始めたとのことである。事実、アメリカやヨーロッパでは、鍼灸治療のみならず東洋医学的治療法全般の代替医療、補完医療としてのニーズが高まっている。こと美容鍼灸に関して言うなれば、ハリウッド女優たちが美容鍼灸の施術を受けていることをマスコミが取り上げたことから、多くの人々が興味を持つようになった。また、海外のトップモデルは、美容とアンチエイジングを目的に、当たり前のように美容鍼灸を実践していることが報じられている。
ちなみに、日本の鍼灸治療の技術は世界中の富裕層の間でも評価されており、海外のセレブの間でも、美容鍼灸は浸透してきている。そのため、日本を訪れる外国人の中には、美容鍼灸の施術を受ける方が増えているとのことである(2)(3)(4)(5)。
2.美容鍼灸のエビデンスを構築するために
数年前のことではあるが、アメリカのワシントンDCで開催されたNeuroscience(神経科学学会)に参加し、ポスター発表をした経験がある。テーマは「大脳皮質の電気刺激で誘発される顎運動と皮質からの下行路との関連」つまり、三叉神経領域の電気生理に基づいた発表のため、鍼灸の分野とはかけ離れた内容であった。しかしながら、学会では数多くの神経科学に関する分野の発表があり、その中でも鍼灸の治効理論に関する発表も多く見受けられた。発表のほとんどが鍼鎮痛に関するものであったが、エビデンスを重視した内容の発表であったと記憶している。改めて、エビデンスの重要性を実感した。
では、美容鍼灸には具体的にどのような効果があるのか、施術前と施術後を比較するにあたって、納得できるエビデンスをもって患者に説明ができるのか、何を基準あるいは指標となり得るのか、多くの課題が山積しており十分な検討が必要とされている。
美容鍼灸の目的には、美容鍼といわゆる美容鍼灸の2通りの考え方がある。周知の通り、美容鍼の目的は、顔の美しさをより美しくするために施術を行うことにある。そのために、顔や頭を中心に施術を行う。その効果には、シワやたるみ、くすみや浮腫(むくみ)など、顔の表面の問題に直接的にアプローチする。美容鍼では、一般的にはお灸を使用しない。
いわゆる美容鍼灸は全身調整を目的に、身体の健康を考慮しながら外見的な美しさを追求する施術といえる。その方法は顔や頭だけではなく、全身の経穴に配穴し施術を行う。さらに、お灸を併用することもあり、その効果は全身調整のため身体の内部からの健康を促進し、その結果として顔の美しさをも向上させることができるといえる。そこで、美容鍼の効果を、エビデンスをもって証明できる手段はないか考察する(2)(5)。
ところで、今年上半期に朝日放送・テレビ朝日系列「科捜研の女season23」が放映された。主人公は言わずと知れた、沢口靖子さんが演ずる榊マリコである。毎回いろいろな事件に遭遇し、犯人の残した痕跡を科学的に解明しながら、それこそエビデンスをもとに犯人を特定していくドラマである。それらの科学捜査監修を、本学の矢山和宏客員教授が担当されている。ドラマの中でも使われた「3次元形状計測装置」(図1)を、矢山客員教授のご厚意により、実際に用いた研究ができたので内容の概略を紹介する。なお、これらは、「宝塚医療大学紀要・第7号」に「3次元画像解析を用いた美容鍼による顔面部変化の客観的検討」として掲載された概要の抜粋である。
図1 非接触型3次元形状計測装置Artec EVA
まず初めに研究の目的は、表情筋に対する鍼刺激が顔面部に及ぼす影響について3次元形状計測装置と3次元画像解析ソフトを用いて形態的変化を指標に検討することにある。対象はインフォームド・コンセントの得られた健康成人 10名とした。鍼刺激は連続式刺鍼器を用いて、刺入深度を5 mmに設定して顔面部に位置する経穴計26箇所(承漿(CV24)、廉泉(CV23)、四白(ST2)、迎香(LI20)、地倉(ST4)、大迎(ST5)、頬車(ST6)、下関(ST7)、耳門(TE21)、聴会(GB2)、攅竹(BL2)、魚腰(EX-HN4)、糸竹空(TE23)、率谷(GB8)の左右合計 26箇所)に刺鍼した。
顔面部の撮影は、「非接触型3次元形状計測装置」を用いて鍼刺激5分前と鍼刺激直前、鍼刺激直後、刺激30分後、刺激1時間後、2時間後に行った。評価は画像解析ソフトを用いて鍼刺激直前に撮影した3次元画像を評価基準として、鍼刺激直後、刺激30分後、刺激1時間後、2時間後の左右の眼瞼頬溝および鼻唇溝部の形態変化を比較した(図2)。その結果、画像解析ソフトを用いた評価では、表情筋への鍼刺激により刺激直後から30分後にかけて顔面部の変化がみられ、左右の鼻唇溝部領域の地倉穴(ST4)では刺激直後に平均0.25 mm から0.39 mmの変化を認めた。よって、3次元画像解析を用いた評価は、美容鍼による顔面部の変化を客観的に評価できる可能性が示唆された。今後、持続効果の有無を含めた詳細な検討が必要である(1)と記載されている。
図2 画像解析ソフトLeios2による評価(施術前と施術術30分後の比較)
3.美容鍼灸のエビデンス構築にはカルテの記録が必要不可欠
ひとつの研究例の紹介にしかすぎないが、より一層ニーズが高まると予想される美容鍼灸の分野において、鍼灸師の誰もが科学的にエビデンスを説明できるようにしたい。そのためには、鍼灸師個々の患者の治療データを集積及び分析が必要であろうと考える。また、データの分析についても、解剖学・組織学あるいは生理学的な観点から、統一性を持った分析方法の検討が必要とされる。
「非接触型3次元形状計測装置」を用いた測定は特殊な手法であると言えるが、まずは日常臨床における医療面接や診断の内容、治療方針(配穴、使用鍼、鍼の刺入深度など)を、毎日記録することは容易いことではないだろうか。医科・歯科領域においては、電子カルテへの記録が当たり前となっている。追って、鍼灸も電子カルテに移行しつつあるものと推測される。そのことに拍車をかけつつあるのが、いま話題のマイナンバーカードによる保険証のオンライン資格確認である。鍼灸師を対象に厚生労働省は、マイナンバーカードによる保険証のオンライン資格確認について既に指針を示している。社会保障審議会医療保険部会の「あん摩マッサージ指圧、はり・きゅう療養費検討専門委員会」では、資格確認限定型の簡易な資格確認の概要や具体的なスケジュールが示され、令和6年4月以降、資格確認の方法にオンライン資格確認を位置付けるとともに、令和6年秋以降には、導入を義務化することが提案され了承されている(6)。すなわち、これまでカルテの記載が義務化されていなかった鍼灸師にとって、患者の治療内容をカルテに記載することを習慣づけることが、カルテ電子化の契機になるのではないかと思われる。
美容鍼灸の分野におけるエビデンスの構築は、患者の治療データの集積及び分析に他ならない。鍼灸版電子カルテの普及に伴い、エビデンスの構築が加速することを期待する。
参考文献
(1) 大井優紀,張建華,矢山和宏,佐藤花観,平田耕一,北小路博司,中村辰三.3次元画像解析を用いた美容鍼による顔面部変化の客観的検討.宝塚医療大学紀要.2021,第7号,p.67-73.
(2) 北川毅.医学的に正しい美容鍼-コラーゲン誘発鍼の作用機序とエビデンス-.株式会社BABジャパン,2020.
(3) 北川毅.健康で美しくなる美容鍼灸.株式会社BABジャパン,2008.
(4) 北川毅.-「健美同源」の新しい可能性を拓く- How to 美容鍼灸.株式会社BABジャパン,2017.
(5) グランの美容鍼灸.美容鍼灸とは,美容鍼灸の歴史.グラン治療院.2023.https://biyoshinkyu.net/acupuncture/,(参照2023-11-27).
(6) 第27回あん摩マッサージ指圧、はり・きゅう療養費検討専門委員会.あん摩マッサージ師、はり師、きゅう師の施術所におけるオンライン資格確認について資料.厚生労働省.2023.https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/,(参照2023-11-28).
執筆・監修
内野勝郎
宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科 学科長