傍脊柱部刺鍼のススメ
~傍脊柱部と夾脊穴は何が違うのか~
~傍脊柱部刺鍼とは~
主に脊椎の退行変性に起因する腰痛や頸肩部痛などに対して用いる治療法であり、脊柱近傍(傍脊柱筋)へ刺鍼することにより、同部筋の緊張状態や循環動態に影響を与える結果、症状を寛解させる。また、同部(傍脊柱筋)を支配する脊髄神経後枝の支配領域の他、同じ高位で枝分かれした脊髄神経前枝や脊椎洞神経へも反射性の影響を与える結果、脊椎内部や上下肢まで作用し、脊椎周囲および上下肢の痛みやしびれなどの症状に対して効果が期待できる治療である。
刺鍼する際には、筋の緊張、硬結、圧痛などの反応を触知する必要があり、患者によって、また同一患者であってもその時々で変化するため、経穴や奇穴のように画一的な取穴方法はないにも関わらず、その表し方については長らく適したものがなく、便宜上、夾脊穴・棘間傍点などと表記されていた。鍼灸を科学する上で研究論文の存在は必要不可欠であり、そのためには適当な表現が必要であると考えた井上によって『傍脊柱部』と言う名称が提唱され、現在ではこれを用いた論文や著書が多数執筆されている。
その刺鍼ポイント故、「それって、つまり夾脊穴とか棘間傍点ですよね?」と言われることも少なくない。傍脊柱部刺鍼の話をすると、必ずと言って良いほど出るご意見。たしかに一見は何が違うのか分かり難いし、背部、脊柱の傍らに鍼をするのだから、そんなに違わないと思われるのも当然だ。だがしかし、違うのだ。何が違うかと言うと、その捉え方が全く異なる。そうすると不思議なくらい、効果も変わるのだ。
図1は腰痛、下肢症状(痛み、しびれ)を訴える患者を対象として、傍脊柱部へ正確に刺鍼した場合(R-PV群:real paravertebral muscle group)と、あえてそれをわずかに外した部位へ刺鍼した場合(S-PV群:sham paravertebral muscle group)の効果を検証したランダム化比較試験の結果である。刺鍼ポイントとしてはかなり近く、刺入深度はどちらも20~30mm程度、いずれも腰部の傍脊柱筋へ刺鍼したにも関わらず、R-PVの方が明らかに高い効果を示している。この両者の違いこそが傍脊柱部刺鍼と夾脊穴や棘間傍点への刺鍼との相違と言える。
夾脊穴(別名:華佗夾脊穴)とは、脊椎棘突起下縁の高さで後正中線の両外方5分と定められた奇穴である。棘間傍点は、棘突起と棘突起の間の高さで後正中線の両外方5分、つまり夾脊穴間と定められており、ともに、兪穴やその他の経穴と同様、x軸とy軸が決められた画一的なポイントと言える。一方、傍脊柱部は刺鍼の作用機序としては前述した通り、その神経支配が重要となる。退行変性などにより脊椎機能単位に支障を来し、当該部(傍脊柱部)を支配する神経に何らかの異常な信号が入力されることで、同部に緊張や硬結、圧痛などの正常とは異なる反応が引き起こされる。その反応部を精密に探し当て、その部位へ正確に刺鍼するのが本来の傍脊柱部刺鍼である。やみくもに手指感覚のみで探すのではなく、問診や理学所見から脊椎の障害高位をある程度、明らかにした上で神経支配を考慮することで、効率的な探索が可能となり、その精度は断然上がる。傍脊柱部はいわば、阿是穴を現代科学的に捉えたポイントであり、その中には当然、トリガーポイントも含まれる。
図中のR-PV群は本来の傍脊柱部刺鍼を行ったのに対し、S-PV群は夾脊穴や棘間傍点とイコールとはいかないまでも反応を見極めることなく(実際には反応部をあえて外して)刺鍼しており、画一的な選穴に近い。S-PV群の刺鍼部位もR-PV群と同じ傍脊柱筋上、同一の神経支配領域であり、この臨床試験において一定の効果が得られていることからも(両群ともに変化パターンp<0.0001)、夾脊穴や棘間傍点が全く効果がない訳ではない。しかし、両者の間には明確な差異が見られており(交互作用p<0.0001)、この結果から考えても深さ(z軸)も含めて異常反応の出現部を的確に同定して刺鍼する方がより効果的な治療であると解釈できる。刺鍼ポイントを決定する理屈が違うと、こんなにも効果が異なると言う事実は意外とも感じるが、だからこそ鍼技術を身に付ける面白さを同時に抱く。『経験がものをいう』とはよく聞くが、はり師としての経験年数と鍼技術のレベルは必ずしも一致しない。これは、多くの先輩、後輩と関わらせてもらった中で実感する興味深い事実だ。経験に比例して感性が磨かれていく部分はたしかにあるが、その理屈を知り、頭で考えながら手を動かすのと、感覚だけで体得していくのとでは、そのスピード、到達度に大きな開きが生まれる。
私自身、大学の学部教育では『腰痛には腎兪、志室、大腸兪・・・』と習って覚えたし、卒後2年間の病院研修期間も夾脊穴や棘間傍点と言った、いわゆる“ツボ”という概念、つまり穴意作用を狙った治療方法をメインに考えていた。そして、そのような考え方をベースにした治療でそれなりに効くという感触もあった。言わずもがな、経穴や奇穴を覚えることは国家試験を突破する上で必要不可欠であり、その後の臨床において役立つ場面も相応にある。しかし、大学院で鍼灸を科学する中で、解剖、生理、さらには現代医学の現状を細部にわたり理解する重要性を知り、その知識を活かして行う治療が“覚えた治療”と比べて確かに高い効果を発揮する体験は、もっと知りたい、知らねばという思いが沸き上がる動機になった。
鍼灸の効果は治療者の年齢で決まるものではないが、実際には年齢を含めた見た目の印象が大きく影響することは既知の事実である。だからこそ、そう言った側面からのセルフプロデュース能力に長けた鍼灸師には患者が集まるのも現実であり、それはそれで否定されるべきことではない。そしてもちろん、見た目の印象が良い(あるいはベテランの)先生が技術はないということでも決してない。
20代の頃、とてもベテランには見えない自覚もあり、その点においては不利だと感じる自分がいた。指導の先生の代診をすれば、患者からは明らかに残念な顔をされ、実際に文句を言われることも多々あった。だが、この傍脊柱部の刺鍼ポイントの精度が上がってくると、年齢はもちろん、見た目は何ら変わっていないのに、不思議なほど患者の反応が変わってきたのだ。年配の男性患者の代診をした時のこと、「どうしても(指導の)先生が対応できなくなってしまったので、私が代わりに診させていただきます。いつもと同じように治療しますので。」と言うと、苦笑混じりに「同じようにって、あんたがするの?」と厳しいお言葉。若干の怒気さえ向けられながらもとにかく治療を開始、傍脊柱部刺鍼は特に集中して外さないように、なるべくなるべく良いポイントをと意識して・・・
治療が終わると「先ほどは大変失礼いたしました。先生のお名前は何とおっしゃるのですか?」と嬉しい変化が。たったの数カ月、数年の間にこんなことが一度や二度ではなくなってくると、やっぱり鍼を刺す場所が違うと効果は変わるのだと認めざるを得なくなり、適所に鍼を当てたい欲が高まった。最終的に、患者は治療者を年齢や見た目、立場で判断する訳ではない、やっぱり治療に効果を感じるか否かなのだと。そうなってくるとやはり、人体の構造や機能を知る必要性を無視できなくなる。このような経験を通して、鍼の真の効果を実感し、鍼でなければできないことがあるという自信を持って、患者に向き合えるようになった。念のため断っておくが、全ての病気・症状に対してなにがなんでも鍼が良いと言うことではない。現代医学を含めた他の治療法の方が優位性が高い場合は迷わず、そちらを勧めるべきであり、そのための知識も必須である。
微妙な変化(反応)を手指感覚で捉えるこの仕事はAIに取って代わられることは決してない。そのレベルの治療が提供できてこそ、需要が生まれるのが鍼灸であり、傍脊柱部刺鍼は刺鍼するポイント、刺激の仕方のわずかな違いで効果が変わる最たる治療だ。そのためには、知識を充実させてこそ感性が磨かれる、それが技術向上の唯一の近道である。近道と言っても、入門は易く、マスターするのは難いのが傍脊柱部刺鍼だ。一見は、夾脊穴や棘間傍点と変わらないし、それらと大して違わない治療が傍脊柱部刺鍼として謳われているのも見受ける。臨床に出て20年以上が経ってもなお、マスターしたかと聞かれれば、未だにYesとは言い難い。日々、考えながら、感じながら研鑽を積んでいる。傍脊柱部刺鍼の真の効果を多くの患者に体感してもらうには、ひとりでも多くの本来の傍脊柱部刺鍼ができる鍼灸師を育てる必要がある。
参考文献
Inoue M, Nakajima M et al: Effect of acupuncture in the lumber paravertebral region on low back pain and lower limb symptoms – a randomized controlled trial. IMJ. 2014; 7(2):28-34.
執筆者
中島美和
ドクトル鍼灸医学研究所 京都四条からすま鍼灸院
井上 基浩
宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科
監修
内野 勝郎 宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科 学科長