鍼灸臨床の道しるべ!「首藤傳明症例集―鍼灸臨床50年の物語」。著者 首藤傳明先生にインタビューしました。
現代の日本鍼灸の名人として国内のみならず海外でも著名な首藤傳明先生。首藤先生は、社団法人大分県鍼灸師会、日本伝統鍼灸学会の会長を長年務め、鍼灸師のためのボランティア私塾「弦躋塾(げんさいじゅく)」の塾長としても、惜しみなくその技術を公開し、実践に対応できる鍼灸師を養成してきました。
その首藤先生が、鍼灸臨床50年の集大成として2013年に出版した「首藤傳明症例集」は、開業当時からの症例の記録とその考察をまとめた一冊で、流派を問わず、日々の臨床に向き合う拠りどころとして、多くの治療家の方々にご活用いただいているロングセラー書籍です。ご好評をいただいているその理由について、
「首藤傳明症例集」について知りたい!
首藤傳明先生の治療に触れてみたい!
という多くの声にお応えし、本書の紹介とともに首藤傳明先生にインタビューしました!
「首藤傳明症例集―鍼灸臨床50年の物語」について
本書は、首藤傳明先生が、50年もの長い臨床で実際に経験した症例について、問診から、切診、選穴、刺入法。灸の数、治療方針、回復期間、養生法などの詳細や、治療のコツなどを、読みやすく物語風の口調で記された書籍です。
鍼灸師としての心の持ち方、患者さんへの接し方、長年の経験から生まれた迅速かつきめ細やかな診方から、首藤先生が考案した「超旋刺」はもちろん刺入鍼やてい鍼の使い分け、経絡治療と独自の選穴を組み合わせた治療法、さらに治療の効果が思うように出ない時、それでも諦めずに試行錯誤や発見、後悔、そして患者さんへの心配りまで、飾らず記されています。
567ページという大ボリューム構成の書籍にかかわらず、すらすらと読み入ってしまう本症例集。首藤先生がまるで目の前で語り、治療の解説をしてくれているかのような錯覚もおき、臨床光景も浮かぶほど、臨床の様子が細かく描写されています。
本症例集の冒頭で首藤先生は「本書は、鍼灸を目指す学生さんや開業して胸をはずませている鍼灸師にとっての道しるべを目指している」と執筆しています。首藤先生の50年にわたる貴重な経験に触れて学ぶことで、幾つもの臨床のヒントを得ることができるでしょう。流派や世代を超えたすべての鍼灸師の指南書としておすすめの1冊です。
首藤傳明先生のご紹介
1932年、大分県生まれ。1959年、首藤鍼灸院を開業。社団法人大分県鍼灸師会の会長を4期務める。現顧問。2008年度末まで日本伝統鍼灸学会会長を務める(9年間)。社団法人全日本鍼灸学会評議員。間中賞選考委員も務めた。鍼灸師のための私塾である弦躋塾塾長。「忘己利他(己を忘れて他を利す)」がモットー。著書に『経絡治療のすすめ』、『超旋刺と臨床のツボ ー超旋刺と刺入鍼 ー』など(以上、医道の日本社)がある。海外でもセミナーや講演等を広く行なっている。「Denmei Shudou」と呼ばれることが多い。
欧米で日本鍼灸普及のセミナーも多数開催されている首藤傳明先生。忘己利他(もうこりた) (己を忘れて他を利す)がモットー。
首藤傳明先生にインタビューしました!
――「首藤傳明症例集」を出版された経緯を教えてください。
首藤 私の初めての出版は、医道の日本社からの「経絡治療のすすめ」(1983年9月発行)でした。医道の日本誌に連載中に、単行本として出版が決まりました。戸部宗七郎初代社長と当時の編集長から、文章と内容がいいからと電話がありました。まだ地方の鍼灸師の出版はめずらしかったようです。この本は私の主な治療法「経絡治療」の習得を記したものです。
その続編として治療各論をと、症例を集めて準備していました。時が経ちました。3代目戸部慎一郎現社長から就任直後お電話をいただきました。なにか書き下しの単行本はできないかと。準備はできていましたので、即答。
編集部では高齢(当時77歳)で大丈夫か、と疑問があがったようですが、PCを使えるようになって、執筆も楽、臨床後、PCに向って鍼灸治療各論を1年で書き上げました。
出来上がってみると大部の著作となりました。そこで総論と各論とに分けて出版。総論の分が「超旋刺と臨床のツボー鍼灸問わずがたり」(2009年7月発行)であり、各論が「首藤傳明症例集」なのです。だから、是非前著も讀んでいただきたい。時々目を通しますが、よい内容、いい文章です。自画自賛の非難覚悟で公言します。
総論の「超旋刺と臨床のツボー鍼灸問わずがたり」は、NAJOM 北米東洋医学誌 元編集長のスティーブン・ブラウン氏によって英訳され、さらに独訳、伊訳、ポルトガル語訳されるという珍しい拡がりです。この「症例集」も英訳を終え出版を待つばかりです。
――首藤先生が考案された、患者さんの心身に優しく鍼灸師の疲労が少ない注目の技「超旋刺」は、どのようなことから発見されたのですか?
首藤 自発痛の患者さんは、痛みを止めて帰したい。市井の鍼灸師の望むところです。男性60代右坐骨神経痛で自発痛あり。本治法で止まらない。側臥位、右殿頂に鍼尖を当てる。このままだと、小野文恵先生の接触鍼です。私は習慣として、刺入しても雀啄、回旋をくりかえす。じっとしていない。そこで、回旋をかけてみた、速度を速く、すると、痛みが消えた…。それが発端です。
――「首藤傳明症例集」では、首藤先生は、「経絡治療が主になり、澤田流、耳鍼法、深谷灸法があるというのが今の私流である」と説明されていますが、「超旋刺」を含めて、どのように使い分けていらっしゃるのですか?
首藤 私の治療法の主体は経絡治療です。これほど素晴らしい、良く効く治療法はない、と思っています。その本治法が目玉です。本治法をはじめ、多くは超旋刺です。虚証、抑うつの患者さんはすべて超旋刺です。普通の体力ですと、硬結や凝りのつよいところは刺入5mm、回旋雀啄をかけます。沢田流では曲池、足三里、身柱、肩井の灸。深谷流では、眼病に臂臑、糖尿病に6点の灸など。めまいには耳めまい点の皮内鍼保定など使い分けますが、9-1の割合です。
――首藤先生の気さくなお人柄から、先生のもとには多くの患者さんが通われていますが、患者さんへの接し方として、初めての患者さんを治療する際に、気をつけていることはございますか?
首藤 気を使います。1対1の真剣勝負、負ければ来院しません。まず、身体全身を診ます。たとえ、主訴が腰痛でも。西洋医学、東洋医学の知識を駆使して、どこが病巣か推量します。それに基づいて説明です。納得する人、しない人。東洋医学でなければ説明できないこともあります。
治療の結果がよければ私の説明に信をよせます。経絡とか気の説明は大変です。なぜそのツボを使うか、1回や1か所ならば、説明しますが、くどい場合は無視します。専門書を読んでとか、鍼灸師になったらとか言うこともあります。あまり度が過ぎる場合は怒ります。信用しないなら、来なくてよい。出入り禁止ということもあります。これは私が高齢だからで、真似はしないほうがいい。
そうです、怒らない、威張らない、やさしく丁寧がよい。このへんは鍼の技術よりむつかしい。自分で問題を作って、自分で回答してみる。納得できるか、練習です。
――治療を進めていく途中、なぜそこに鍼をするのかと疑問に思われた患者さんへの説明はどの程度されますか?または説明に気をつけていることはございますか?
首藤 局所の場合は簡単です。血液の流れを良くして痛みを軽くする。熱をとる、腫れをとる、冷えをとるなど。内臓疾患の場合などは、臓腑経絡の流れから説明します。気や血の言葉、東洋ではこころは五臓にあるのです、などと説明します。大概わからなくても分ったような返答がきます。
――証を決めることがとても難しいです。自分自身がまだ未熟だと感じるうちにも治療をしなければならないこともあります。自信をもって的確に判断できるようになるまでに、治療で気をつけること、または、証立て習得のポイントやアドバイスをいただけますか
首藤 経絡治療はそんなに難しくない。複雑に説明すればどんどん深みにはまり、止めるということもあります。Simple is bestといわれたのは間中喜雄先生で、経絡治療こそシンプルがよいと。私のように、頭の悪いと思う人は脈診で6部の虚実(強弱といってもよい)をみて証を決めます。脈状は最初捨てましょう。ただ、数(速い)の置鍼はよくない。他の条件も脈証が分かるようになって、参考にすればよいのです。結論、経絡治療はすごい治療法、だが難しいものではないのです。
――「首藤傳明症例集」では、例えば、望診、問診について、患者さんの顔色、発する声、話し方、匂いで五臓の問題を判断する解説など、先生の臨床と経験、努力で身に付けられた技術を、余すところなく伝えてくださっていますが、長年の臨床の中で、先生が特に印象に残っている症例とその際に気づかれたことを教えていただけますか
首藤 開業63年、治療させてもらった患者さん、延べ423000人、印象に残る患者さんは多すぎる。医道の日本誌に連載した鍼灸徒然草に多くのせましたので、ぜひ参考にしてください。
70代の女性、虚血性大腸炎で入院、腹痛、下痢、出血がある。診ると右橈骨動脈は触れない。症状からみて、肺虚証としました。右太淵刺鍼のあと、右太白刺鍼、回旋していると、「あー、腰に響く」とひとりごと。左の太白刺鍼ではひびきなし。結果は1回の治療で症状がなくなり、検査の結果、異常なし。退院。以後月に2回治療に見えますが、2年後の今日まで症状なし。時々腰痛を訴える。
この症例の特徴は五行穴の太白1穴がポイントだったということです。脈証を決めること、本治法の五行穴を使うこと、超旋刺使用、がすべて。この形はすべての患者さんに適応します。経絡治療とはそれほどのものです。創始者柳谷素霊先生に感謝、称揚すべきです。
――本書からも、首藤先生が、どれだけ著名になられても、開業当時から現在まで、常に患者さんに対して真摯に向き合い、謙虚に努力され、試行錯誤されて治療にあたって来られたことをひしひしと感じます。どうしても治療で壁にあたると感じることがあります。そのような時の、気持ちの回復方法について、首藤先生のご経験から教えていただけますか
首藤 壁に当たるのは当然です。当たらない人は向上しません。開業63年の私でも壁に当たります。先輩に相談、ネットで検索、古典を模索、神仏にいのる。いい方法はみつかりません。瞑目、宇宙の声を聞くのがよい。宇宙の法則は唯一偽りなしです。
――「首藤傳明症例集」は、どのような治療家の先生に、どのように活用していただきたい書籍とお考えでしょうか
首藤 どなたでも壁に突き当たったとき、参考になります。初心者は扱ったことのない症例にどう向き合えばいいのか、ヒントが隠されています。一生の間には思いもかけない症例に直面することがあるものです。
――本書付録の、開業前、開業日、開業直後とずっとつけられていたメモである「開業当時の苦心記」は、開業を考えている、または開業したての治療家にとって、励みになり、力強く後押しをしていただけるような大変貴重な記録です。開業後、なんとか軌道に乗せようと模索している多くの治療家に、一言アドバイスをお願いいたします。
首藤 不安になるものですが、努力すれば、人生なんとかなる、私がたどりついた結論です。
私は頭が悪い、愛想がない、口下手、不器用、蒲柳といいとこなしです。自慢できるのは歯の強さですが、遺伝ですからいばるところなし。それでは、生活ができない。70年は生きないと申し訳ない。さてどうする。努力はできます。
とりかかったのは話し方。患者さんへの説明、人との交流、人並みに話せなければ。話の好きな人は何でもないことですが、私にとっては…。話し方の練習に入ります。音読、録音チェック、アクセント、正しい発音。努力10年、首藤先生話がうまいねー、と言われ出した。
講演も苦手でなくなった。講演会はいつも満席、努力すれば何とかなります。愚痴をいう人、後悔する人、すべて努力不足です。飢餓の状態だと、真剣になります、必死になれば怖いものなし。
苦労するほど後になって幸せの気持ちが増してきます。若いときの苦労は買ってでも、と、法則です。最近は開業する鍼灸師は少ない、病院勤務が多いとか、水は低きに流れる、一回限りの人生、それで満足ですか。
――お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。患者さんの診かた、治療の効果が思うように得られないなど様々な悩みについて、日々一人で試行錯誤されている鍼灸師の先生方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。首藤傳明先生自らが、浮きつ沈みつと表現された50年という長い臨床経験で得た治療に関する秘伝ともいえるコツが、惜しむことなく記された「首藤傳明症例集」は、この先も多くの先生方の臨床に役立つ1冊であり続けることでしょう。
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首藤傳明症例集 -鍼灸臨床50年の物語-