動物の鍼(1)ワンちゃんへの鍼【後半】
ぺットブームといわれて久しい。2003年に内閣府が実施した「動物愛護に関する世論調査」によると、ペットとして1番飼われている動物は犬で62.4%、次が猫で29.2%、3番目が鳥類で7.7%。その愛するペットへの鍼灸を希望する飼い主が増えているという。前回に引き続き、鍼灸の技術を獣医さんに教える酒井茂一先生と現代医療と代替医療を組み合わせて治療をする獣医師の千田珠子先生に話を聞いて来た。
――お灸はしますか?
千田 灸も効果的だとは思いますが、動物の場合は毛があるし、動くと危ないので、私は代わりに温熱器を使っています。鍼をしたあと、その部分を温熱器で温めると効果が高まるようです。
酒井 いろいろ試したのですが、お灸はあとが残る上、期待したほどの効果がなかったのです。
麻痺した部分にお灸をすると傷あとが治りにくいということもあります。それに比べ鍼は効きます。通電して、そのあと超音波治療を行います。
――治療時間は1匹にどのくらいかかりますか?
酒井 治療は人間よりはるかに動物の方が大変です。ワンちゃんはおとなしく横になっていてくれませんから。1匹につきっきりでいなければいけないので、すごく効率が悪いです。ですから人間と同じくらいの治療費では、割があいませんね(笑)
右の写真は私が手作りしたベッドです。このほかに大小サイズが違うベッドが2台あります。
――人間との違いはなんですか?
酒井 動物は「刺激に対しては人間ほどデリケートではない」ということがいえます。動物は痛みに強いです。人間は精神的な部分も加わり痛がりますが、動物は怪我をしてもじっとおとなしくしていると治る。骨折でも動かないでいるとそのうちくっつく。生き残るための自然の仕組みだろうなと思うのです。
動物への鍼灸は全部が試行錯誤です。新しい試みなので対象として面白いですし、それなりの効果もあるんです。今まで歩けなかったワンちゃんが、治療後尻尾振って歩けたりしますから即効性もある。
ただ、怖いのは重症の子を診ることが多いので、診た子が亡くなる場合もよくあります。飼い主さんも、もう危ないことは獣医さんから聞いてわかっているのですが、それでも「なにかしてあげたい」ということで依頼が来る場合が結構多いのです。力になれればということで獣医さんのお手伝いをさせてもらっています。そういう意味では鍼灸師が簡単に手を出してはいけない分野なのかもしれません。
――鍼灸を希望する飼い主さんからの依頼は緩和医療的な部分が多いのですね。
千田 動物に鍼灸ができると知っている飼い主さんはまだまだ少ないのですが、いくつかの動物病院にかかっても治らないので、何とかならないだろうかと、必死で鍼灸を探していらっしゃる方もいます。ですから重い症例、難しい症例が多いのです。
また、自分のペットに苦痛を伴うような手術や薬の長期投与などをなるべく避けたいと思われる飼い主さんも増えているようで、鍼灸はそういったニーズにも対応できる治療の一つだと思います。
最近は人間と同様に動物も、がんやアレルギーといった難治性疾患が増え、副作用の強い薬を一生続けなければいけないといった状況が多く見られます。ただ症状を抑えるのではなく、病気の原因を見直し、体を本来あるべき状態に戻すような治療が必要なのではないか、そういうことでも代替医療に期待を寄せています。
――ペットブームで今後、代替医療を希望する飼い主さんや獣医さんが増えてくると、鍼灸への需要も高まりますね。動物に治療ができない鍼灸師ができることはなんですか。
酒井 最初に、鍼灸師が安易に動物を診て、家族の一員でもあるペットたちに事故でも起こした場合は、賠償責任保険等もありませんし、法律を違反したことによる結果なので、その方の一生が台無しになってしまいます。そこをきちんと理解してほしいです。
また、獣医さんは医師と違って専門があるわけではないので、何から何まで診なければいけないんです。開業するにもMRIや手術道具など、資金的にもかなりかかるそうです。
しかし、初期投資があまりできないで開業する場合、代替医療は需要が多いわりに、供給が少ないし、初期投資がほとんどかからない有効な選択肢として成り立つと私は思っています。
今は、鍼灸師が獣医の先生に鍼の技術を教えて獣医の先生が治療をするパターンが最も良いと思うのですが、将来的には鍼灸師が動物病院で働けるような法的改正が行われたら、鍼灸師の雇用の場も広がる、と思っています。
たとえば、まだまだ資格制度としてもきちんと確立されていませんが、獣医師の監督・指導下で働く動物看護師という仕事があります。今後、法律を変えていけば、鍼灸師も動物看護師として働ける可能性もあるわけです。
動物の場合、私は法律を変えることはそれほど難しくはないのではないか、と思っています。動物病院は保険がないからです。人間のように混合診療の問題がない。需要はあるので、可能性は十分あると思っています。そのためにも獣医さんの理解と鍼灸のエビデンスをきちんと確立していくことが必要であると考えています。
(了)