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鍼灸師として不妊治療を考える

公開日:2024年7月5日

はじめに(不妊治療の現実と鍼灸)

近年、体外受精、顕微授精、凍結胚・融解移植などの生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)を用いた不妊治療が著しく進歩し(図1)、多くの不妊に悩む人々の助けとなってきました。一方、定期的な通院や長い治療期間を要するARTを用いても妊娠に至らないケースもあり、いつになったら妊娠するのかという先のみえない不安を抱える人も多くいることから、不妊治療は時として多くの肉体的および精神的ストレスを生じます。

そこで、不妊患者の肉体的および精神的ストレスの軽減策として、さらに限られた期間の中でより多くの妊娠機会を獲得するために、鍼灸をはじめ、漢方、ヨガ、サプリメント、アロマセラピーなど様々な補完代替医療を含むサポートが行われています。特に補完代替医療の一つである鍼灸は、その作用機序がいまだに明らかにされていないものもありますが、その一方で、作用機序や有効性が科学的に証明されている研究結果も多く存在します。

また近年は、妊娠率向上や心身へのストレス軽減のために、補完代替医療を導入するクリニックや鍼灸院が増えています。そこで、このような現状を踏まえ、東洋医学における不妊の考え方や鍼灸の効果、メカニズム、さらに鍼灸が補完代替医療として、また鍼灸師として、不妊治療にどのように関わっていくと良いかを考えていきたいと思います。

1.不妊の原因と鍼灸の関わり

妊娠の成立には、卵子と精子が出会うこと、受精卵が着床することなど、多くの条件が必要となります。そのため、不妊の原因は一つではなく、いくつもの原因が重複していることがあり、更に検査をしても原因が見つからないこともあります。女性および男性それぞれで認められる西洋医学的な原因には表1で示すような形態的な原因、機能的な原因などが挙げられます。また、直接的な原因とはなりませんが、ストレスや冷え症、自律神経の乱れなども不妊に影響しているのではないかといわれています。

最近の治療法は、排卵誘発法、人工授精、体外受精などのARTがめざましく発展しています。一方、卵胞や胚の発育、着床に及ぼすメカニズムなど、不妊に対する鍼灸治効メカニズムの解明も大きく進歩しており、さらに鍼灸が有効であった不妊の症例も多く紹介されています。

2.不妊治療における補完代替医療

不妊治療に使われる補完代替医療の一つである鍼灸は無月経や月経過多など生理周期に問題のある患者には、正常な生理周期を持てるような体質への改善を目的とした治療が提供され、不妊治療の中でも特に高度生殖医療を試みる患者が利用することが多いとされています。また、腰痛や関節痛、頭痛、首や肩の痛みなど、整形外科系疾患に注目を浴びることが多い鍼灸ですが、ストレスの回復や冷え症、自律神経の調整などにも効力があるとされ、これらの効果をもとに、排卵しやすい体質や妊娠しやすい体質づくり、妊娠を継続しやすい身体づくりに役立つものだと考えられます。

3.鍼灸の不妊治療に対する西洋医学的な考え

不妊治療における鍼灸の利用でよく争点とされるのが、鍼灸の医学的有効性を証明することが難しいという点であると考えられます。西洋医学の専門家の中には、鍼灸の採卵や着床率に対する有効性を疑問視する者も多くいるのが現状です。一方で、鍼灸を取り入れている不妊クリニックもあり、さらに他の鍼灸院を紹介している場合もあります。その多くは、精神的ストレスの緩和を目的として導入していることが多く、先が見えなく不安に感じる不妊治療患者が抱える精神的ストレスを緩和することに着目している専門家が多くいることがわかります。

4.鍼灸の不妊治療に対する過去から最近までの研究(論文紹介)

鍼灸が不妊治療に有効的だという研究について、2002年Paulis2002らは、体外受精もしくは顕微授精を受けたのち、鍼灸施術を施した女性の妊娠率は42.5%、受けなかった女性の妊娠率は26.3%となり、妊娠率向上に効果があると結論づけています。さらに、2006年Dieterleらは、胚移植後に鍼灸治療を実施したグループと効果のないツボ刺激(プラセボ鍼灸)をしたグループの2グループに分けた場合、鍼灸治療実施の妊娠率は28.4%、プラセボ鍼灸は13.8%であり、鍼灸治療を受けた方が着床率は高いと結果づけています。これ以外にも、2006年Westergaardら、2009年Sze soら等も鍼灸治療を受けたほうが着床しやすいという報告をしています。さらに、2016年田口は、鍼治療には不妊患者が抱える緊張や不安、抑うつ、落ち込み、怒りや敵意、混乱するといった精神状態を緩和させる効果があるとしています。

一方、鍼灸が不妊治療に効果的ではないという研究について、2010年Andersen らは、体外受精か顕微授精を受けた患者の妊娠率は、鍼治療を受けたグループが27%、プラセボ鍼灸のグループが27%と、鍼治療が体外受精や顕微授精の妊娠率に有意差はないと結論づけています。さらに、2008年El-Toukhyらは、システマティックレビュー(根拠に基づく医療でもちいるための情報収集と吟味の部分を担う調査)が可能な13本の論文を検証し、その結果、鍼治療が体外受精や顕微授精の妊娠率、生産率に有効とはいえないと結論づけています。

5.不妊治療に対する鍼灸師の考え方(まとめ)

不妊治療において、特に補完代替医療における鍼灸はどうあるべきかを真剣に考える必要があります。なかなか妊娠に至らないとき、不妊治療をうけるときには、患者が強い精神的および肉体的ストレスを感じることが多い点、公的負担制度が整備されつつあるが依然として不妊の治療費が決して安くはない点、生殖できる期間が限られており時間的な制限を感じるという点で、不妊治療は他の医学的な治療や問題とは異なる点があるということを考慮しなければなりません。経済的な縛りと限られた期間とのなかで、少しでも患者に妊娠の機会を増やし、精神的、肉体的ストレスを軽減するという意味でも、希望者には不妊治療に鍼灸を取り入れられるように、補完代替医療という選択肢を増やしていくことが望ましいのではないかと考えられます。しかし、西洋医学の専門家と鍼灸師をはじめとする補完代替医療の提供者には、不妊治療の効果に対する考え方が大きく異なることがあり、不妊治療に対する協力体制を築いていくことは容易ではありません。

不妊治療における鍼灸の有効性についての科学的な証明の問題は残されていることから、今後、鍼灸師として不妊治療に向き合っていくには、有効性の高い研究論文ばかりでなく、有効性の低かったとされる研究論文の精査、西洋医学におけるARTと鍼灸の関係性に関する研究の充実、不妊状態の患者に対する、精神的・肉体的ストレスの緩和、冷え症や自律神経調整に関する技術的、疫学的研究調査、不妊治療でCAM を利用した人を対象にその満足度調査、西洋医学専門家と鍼灸師、鍼灸師間のディスカッションなど、様々な分野における検討が必要です。身体や生殖の機能に焦点を合わせた西洋医学と、心、感情等を含む患者の全体をみる鍼灸を統合することで、患者にとってバランスのとれた不妊治療を提供していくことが必要であると考えられます。


参考文献

Andersen, D, et al., 2010, Acupuncture on the day of embryo transfer: a randomized controlled trial of 635 patients,Reproductive BioMedicine Online, 21, pp.366-372

Dieterle, S, et al., 2006 Effect of acupuncture on the outcome of in vitro fertilization and intracytoplasmic sperminjection: a randomized, prospective, controlled clinical study, Fertility and Sterility, 85(5), pp.1347-1351.

El-Toukhy, T, et al., 2008, A systematic review and meta-analysis of acupuncture in in vitro fertilisation, BJOG AnInternational of Obstetrics and Gynecology, pp.1203-1213.

Paulus, W, et al., 2002, Influence of acupuncture on the pregnancy rate in patients who undergo assistedreproductive therapy, Fertility and Sterility, 77(4), pp.721-724.

Sze So, E, Wing, et al., 2009, A randomized double blind comparison of real and placebo acupuncture in IVFtreatment, Human Reproduction, 24(2), pp.341-348.

Taguti R,2016,Acupuncture for women under infertility treatment:its possible ameliorating effect on psychological stress,Jp Soc psychosom Obstet Gynecol Vol.20,No.3,pp.302-307

Westergaard, L, et al., 2006, Acupuncture on the day of embryo transfer significantly improves the reproductiveoutcome in infertile women; a prospective, randomized trial, Fertility and Sterility, 85(5), pp.1341-1346.

執筆

宝塚医療大学岩倉先生

岩倉 淳

宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科 教授

監修

内野 勝郎 宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科 教授・附属治療院長(統合医療臨床センター長)

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