英語での臨床対応への近道! 書籍「鍼灸マッサージ師のための 英会話ハンドブック」の大饗里香先生へインタビューしました!
薬物に頼らずに痛みを緩和する手段として、アメリカ内科学会のガイドラインにおいて腰痛に鍼治療が推奨されているなど、海外における鍼灸への注目は高まっており、日本国内の施術にも多くの関心が向けられています。
日本政府観光局によると、先月の訪⽇外客数は、推計で3,040,100 人となり、同月過去最高であった 2019 年 5 月の 2,773,091 人を 20 万人以上上回り、3か月連続で 300 万人を突破しました。来日外国人の中には、急な体調不良や美容目的などで鍼灸の施術を求める人も増えています。
積極的に外国人の患者さんを受け入れている鍼灸院もありますが、そうでない場合、突然の外国人の来院にはとまどうことも多いのではないでしょうか。
日常英会話のみならず、治療に関する専門的な英語を覚えるのはとても難しいです。
「鍼灸マッサージ師のための英会話ハンドブック」は、臨床の現場で英語に困った時に役立つ、鍼灸マッサージに特化した手引書であり、英語が苦手な方や、海外での活躍を目指す治療家にも大変好評をいただいているロングセラー書籍です。
この記事では、著者のおひとりである大饗里香先生に、本書の活用法などについてインタビューしました!
書籍「鍼灸マッサージ師のための英会話ハンドブック」について
外国人と接するうえでの基本的なマナー、発音のポイント、東洋医学用語を収録した英単語集、施術同意書や問診票、ホームページのつくり方など、治療院を外国人対応にパワーアップさせるために必要な内容を完備。
治療院でそのまま使える実践フレーズ集や東西両医学単語集にはネイティブの発音に極めて近い発音をカタカナで併記しているので、英語が苦手な方も、そのカタカナを音読するだけで、スムーズに英語で伝えることができるように工夫しています。
東西両医学単語集には、主なツボや脈のほか、五行の色体表も掲載しています。問診票に使える質問項目一覧は、問診票の作成に活用するのはもちろん、対話による問診でのフレーズ集、単語集としてお使いいただくのもおすすめです。
外国人の患者さんの来院からお帰りまで各々のシチュエーションで役立つように構成しています。英語での患者さんとのコミュニケーションのために、これからの時代に備えるために、そして海外で鍼灸マッサージ師として活躍したいと考えている方にもぜひご活用いただきたい1冊です!
著:ワイマン・ゴードン 大饗里香
著者:大饗里香先生のご紹介
1971年、東京都生まれ。高校から単身アメリカへ留学し、大学・大学院を卒業後、就職。計 13 年間在米する。帰国後、東京医療専門学校に入学、2009 年、鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師免許を取得。2011 年、東京医療専門学校鍼灸マッサージ教員養成科卒業。2013 年 、アメリカの国家試験に相当するNCCAOMの試験に合格。2014 年、東京で鍼灸マッサージ治療院を開業。東京医療専門学校鍼灸マッサージ教員養成科講師、鍼灸関連翻訳・通訳を務める。共著書に「Saplings-On the Psth to Mastery in Acupuncture and Herbal Medicine」(Carl Stimson 他共著)。
――大饗先生は、高校から単身でアメリカへ留学されて、アメリカで就職されていましたが、その後日本に戻られて鍼灸師になろうと考えたきっかけを教えてください。
大饗 アメリカにいた時、中国式の鍼灸施術を受けていました。1990年代、鍼灸はアメリカですでにとても人気でした。帰国後、日本の鍼灸院に通い始めました。アメリカとは全く違う施術で、その先生の繊細な治療と分かりやすい説明に魅了され、いつしか先生にどうやって鍼灸師になるのかを聞くようになりました。『医道の日本』の雑誌も先生から勧められて、タイトルの迫力におののいたのを思い出しました(笑)
ちょうどその頃、私は人生の大きな節目を迎えていたんです。「人生を一旦白紙に戻したい」「手に職をつけたい」という心境でした。それから母の看病を通して医療や健康にも興味を持ち始め、「癒しをライフワークにしたい」「人と関わることがしたい」という欲求もあって、鍼灸マッサージの国家資格を取ろうと決めました。今思えば、私自身が一番癒されたい時期だったんだと思います。
当時保育園児のシングルマザーでしたし、衰えを感じ始めた30代。しかもアメリカに長くいたので、日本の学校に馴染めるのかも正直不安でした。ですが、とりあえずやってみなければ分からないし、やらずにはいられない何かに背中を押され、鍼灸学校に飛び込みました。
――大饗先生はアメリカの鍼灸国家試験に相当するNCCAOMの認定資格をお持ちですが、アメリカの鍼灸学校にも通われたのでしょうか? どのくらいの期間勉強されたのでしょうか?試験についてぜひ教えてください。
大饗 私はアメリカの鍼灸学校には通っていないんです。鍼灸マッサージ教員養成科に在学中、アメリカの鍼灸事情について卒業論文を書いたり、アメリカ人鍼灸師とも交流があったので、色々と情報を集めていました。するとアメリカ国外の鍼灸学校卒でもアメリカの国家試験に相当するNCCAOMの試験を受験することができ、しかも日本で受験できることが分かりました。当時アメリカで鍼灸をする予定はなかったのですが、興味のある方々が周囲にいらっしゃったので、その方々に道筋を作ることができればと思いチャレンジしました。
アメリカは州によって法律が違うのですが、その時すでにほとんどの州でNCCAOMの試験を採用していました。試験科目は東洋医学の基礎、経穴経絡、西洋医学(Biomedicine)、漢方の4つ。どの科目を受ける必要があるかは鍼灸師として働きたい州によって違い、日本人に馴染みのあるニューヨーク州やハワイ州は最初の2科目だけを必要としていたので、私はこの2つを受験しました。
受験のための勉強は2年くらいしましたが、とても苦戦しました。中医学、韓国の鍼灸についてなど日本の鍼灸学校で習わなかった内容がたくさんありましたし、アメリカではツボの名前は番号ですから、まずそこからやり直し。当時まだ医療用英語も詳しくなかったですし、参考にしていた教科書が昔の電話帳のようなサイズ(写真)で何冊もあり泣きました。最終的には過去問をひたすら解く戦法にしましたが、正解率が低く正直ダメもとでの受験でした。
試験は4択で、試験会場に行きパソコンで受けます。答えてしまうと前の問題には戻れず、不正解すると次の問題が易しくなるというシステムで、とても動揺しました。最後の問題を解答後、クリックすればその場で合格か不合格か表示されるのでクリックする指は相当震えましたが、奇跡的に合格しました(笑)
アメリカで鍼灸師として働くには、試験合格後働きたい州政府に免許の申請をします。私はハワイ州を選んだのですが、受験資格は鍼灸学校で取った単位数でクリアできたものの、免許申請時には単位が足りないと言われ、さらに就労ビザがないことから却下されてしまい、私はそこまでで断念しました。10年以上も前なので現在は色々と変わっているかもしれません。
――国内よりも欧米のほうが鍼灸治療の認知度が高いとも言われています。日本では近年ますます「健康寿命の延伸」に関して鍼灸の期待が高まっています。アメリカではどのような人が鍼灸の施術を受けることが多いですか?
大饗 欧米で“Acupuncture(鍼治療)”という言葉は確かにだいぶ浸透していますね。欧米では鍼灸治療は古くエキゾチックな印象もありながら、侵襲的でなく自然治癒力を重んじことから、今の時代にあった施術方法として受け入れられているように感じます。
アメリカは国民皆保険制度はなく医療費が高額なため、セルフケアに対する意識が高い傾向にあり、ヨガ、瞑想、漢方、自然食などへの興味と共に、薬や手術に頼る医療や権威に対する不信感なども募り、今や鍼灸は補完代替医療の代表格となっています。
アメリカの鍼灸は、医師が病院で行うこともあれば、高級スパで受けるエステのようなスタイルやリクライニングチェアで気軽に低額で受けられるコミュニティ密着タイプなど、日本とは違ったアメリカ独自の発展を遂げているものもあり、とても興味深いですよ。逆輸入したら、日本での受療率が上がるのではと思うような「新しい鍼灸」を垣間見ることができます。
欧米でも鍼灸が痛みに対して効くという理解はもちろんありますが、日本よりも「氣」の概念に対しての抵抗が少ない印象を受けます。西洋医学とは全く違うものとしての受け入れられていて、「氣のバランスを整えて欲しい」とか「鍼は瞑想の感覚と似ている」とか「ストレスマネージメントや睡眠改善のために受けたい」とおっしゃる外国の方を多く見受けます。もちろん美容鍼灸も人気があります。鍼灸愛好家のセレブの発言やマスメディアに取り上げられたりした影響も大きいと思います。
――本書を書かれた際に、一番工夫やポイントにした点はどのようなことでしたか?
大饗 一番は鍼灸マッサージ師が臨床の現場で英語に困った時に「使える一冊」だというところです。語学の習得にはやはり時間がかかります。学習している間にも英語で対応しなければならない時が来るかもしれません。または今さら英語を学ぶつもりはないけれど、突然英語での対応を余儀なくされることもあるかもしれません。そんな時に「備えておいて助かった!」と思っていただける救急箱のような本にできたらと思いました。実際そのように使っていただいているお話を聞くと、本当に嬉しいです。
医療英語の本はたくさん出ていますが、本書は鍼灸マッサージに特化した内容になっています。臨床の現場で使えるフレーズ集、咄嗟に困った時に患者さんに指差しして使える単語リストや図などを見やすく盛り込みました。治療院で英語のホームページや書類を作成する際に使える素材も載せています。
またカタカナの発音表記も工夫しました。本来、英語の発音をカタカナで表現するには限界があり、実際カタカナを読んでしまうことは発音には良くないのですが、アルファベットを見るだけでは挫折してしまうのであれば、あった方が良いと判断しました。ただ普通のカタカナ表記ではなく、通じやすい発音に近づけるように工夫してあります。例えば、強調するアクセントの部分は太字にしてあります。このアクセントを付ける部分が意外と通じやすい英語を話す時に重要なポイントになるんです!
――英会話が得意ではありません。外国人の患者さんが来院された際に一番気を付けるべきことやアドバイスをお願いします。
大饗 外国人の患者さんに英語で対応する時、一番難しい部分は「問診」です。ただ、英語の予診票を事前に作っておくことで負担を軽減することはできます。日本語の予診票をただ英訳するのではなく、より詳しく患者さんに記入していただき、普段は口頭で簡単に聞ける内容なども含めて、たくさんの質問を盛り込んでいただきたいです。外国の方への特有の質問、例えば宗教や慣習に関してなど、英語の予診票を作成するのに参考になる材料も本書に載せています。
「施術を受けた後の過ごし方」、「詳しい施術方法の説明」、「保険の取り扱いに関して」などのよく患者さんに聞かれる内容を事前に英文にしておいて、お渡しすると良いと思います。また、患者さんに英文の「施術同意書」に署名していただくことも、インフォームドコンセントのため、誤解や問題を減らすために検討することをお勧めします。これらの書類の例も本書に記載があります。
国が違えば常識も違って、対応に戸惑ってしまうかもしれませんが、患者さんが日本に来ている時点でとても日本や日本人に興味や理解がある場合が多いです。細かいことはあまり気にせず、普段通りの気持ちで接していただくのが一番良いと思います。うまく英語を話せないことに引け目を感じてしまうと焦ってしまったり、オドオドしてしまったり。でも異国に来て施術を受ける患者さんの方が本来不安ですよね。そんな時、施術者の堂々と落ち着いたところを見て安心したいと思うんです。慣れない英語でも一生懸命相手に寄せてあげているだけで、患者さんは嬉しいと思います。
――治療に関する専門的な英語を覚えるのはとても難しいです。本書を活用した英語学習のコツをぜひ教えてください。
大饗 ただ覚えようとすると試験勉強のようになってしまうので、目的を持ってみるのがいいと思います。何でも良いのですが、「外国の方が来たらこれだけは言えるようにしておこう」とか「こんな状況で、こんな感じで使ってみたい」とか。そんな時にどんな単語やフレーズが使えるか本書を参考に探してみてください。これはインプットの部分です。
そして会話を想定しながらフレーズを何度も口に出して言ってみる。これがアウトプットです。語学習得は新しいスポーツや楽器を習うのと同じで、目で文字を追っているだけだとなかなか上達しないですよね。ワンフレーズずつでいいので、体を使って繰り返すことがコツです。発音の確認にネット辞書や翻訳アプリなどの音声も利用してみてください。
実際フレーズを使ってみる場があると一番良いのですが、難しい場合は今はオンライン英会話がだいぶ気軽に利用できるようになっていますね。実践してみる時は正確さは気にせず、はっきりと言うことが秘訣です。口ごもってしまうと通じにくいですし、間違えた方が断然覚えます!
それから楽しく取り組むことで続けられて身に付くので、真面目な内容だけでなく、好きな動画や映画などもぜひ活用してください。
――最後に、これから鍼灸師としての英会話を学ぼうとしている方々へ、メッセージをお願いします!
大饗 英語の講師をしていると、「英語」は苦手とおっしゃる方が本当に多くいらっしゃいます。この場合の「英語」は中学、高校で科目の一つとして、文法やスペルを間違えたら減点される「試験のための英語」でしかないなかったので無理もありません。
ですが、鍼灸師(社会人全般に言えますが)として「使える英語」を学ぼうとする時は中高6年間でやってきた「英語」とは全くの別モノの「伝達・交流のための道具」と捉えてみてください。
文法を間違えようが、発音がイマイチだろうが、単語を並べただけであろうが、通じれば良いのです。ジェスチャーもフル活用していいのです。それに実は学ばずともたくさんの英単語をすでに知っていて、それだけでもかなりの意思疎通をとることができるのです。その出し入れの練習が必要なだけです。
まずは英語に対してそういうスタンスでいてください。そして英語ができる自分が鍼灸師としてどんなことを可能にしているか妄想しながら、楽しんで習得していってください。
「英語」は「壁」ではなく、あったら便利な「道具」です!
―――大饗先生、お忙しい中ありがとうございました。先生がアメリカでNCCAOMの試験を受験された時の貴重なお話もお伺いすることができ、とても参考になりました。英語な苦手でも改めて学んでみようと大変励みになるアドバイスにも心から感謝申し上げます。
いかがでしたでしょうか。学生時代から英語が苦手であったり、英会話を長年習いに行ってもいざとなると言葉が出てこないという方もいるのではないでしょうか。日本人が英語を苦手な理由の一つに、アウトプット量が不足していることが挙げられています。本書のフレーズ集や単語集にはネイティブの発音に極めて近い発音をカタカナで併記しているので、まずは記載どおりに口に出すことができます。外国人の患者さんの来院に備えて、そして、世界に日本の鍼灸の良さをさらに知っていただくためのツールとしてぜひ「鍼灸マッサージ師のための英会話ハンドブック」をご活用ください!
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鍼灸マッサージ師のための英会話ハンドブック